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私の○○ベスト3
Vol.41 宮本紀子  私の、もし江戸時代に生まれたらなってみたい人ベスト3


第一位 魚の棒手振り
第二位 岡っ引き
第三位 裏長屋のおかみさん



時代小説を書くのに調べ物は欠かせない。江戸時代は資料も史料も関連本もたくさんあり、わかることは多いのだが、わかる、の前に「ぼんやりと」がつくことも多い。当時の人の金銭感覚、身分それぞれの恋愛観、犯罪、町の様子、季節、地形――。ぼんやりから想像するしかないのだが、悩むたびに、ああ、江戸時代に行けたらな……と思ってしまう。で、このタイトルというわけだ。大店の若旦那、花魁、芸者、隠居。なりたいものはいろいろあれど、これが私のベスト3だ。



第三位 裏長屋のおかみさん
こまごまとした暮らしを知りたいなら今も昔もやっぱり主婦だろう。朝、大工の亭主を送り出し、子どもも遊びに行った後は、井戸端で長屋の女房たちとおしゃべりしながらの洗濯だ。昼飯は茶漬けですませ、昼寝から覚めたらもう夕方だ。今夜のおかずはちょいと奮発して魚をつける。亭主がお給金をもらってくる日だからだ。ほら帰ってきた。待ってたよ、ご苦労さん。え、こんだけ? そういや今月は雨が多かった。仕方がない。切りつめるか。子どもたち、おとっちゃんと湯屋へ行っといで。路地をこっちにやって来るのは差配さんだ。さっそく店賃の取り立てだ。まったくこんなときだけまめな爺さんだね。と、こんな感じだろうか。


第二位 岡っ引き
ご存知、親分さんだ。怖がられるより頼りにされる親分さんがいい。まずは夫婦喧嘩の仲裁だ。惚れ合って夫婦になったのに、年がら年中喧嘩しやがって。おい亭主、飯がまずいからって、いちいち怒るんじゃねえ。かかあも、だったら喰うな! なぞ言っちゃあいけねぇよ。なんて意見するんですよ。そこへ、親分大変だあーと手下が飛び込んでくる。殺しだ。ハチ、行くぞ! 手下と一緒に犯人を追い詰める。家の奥、複雑な人間関係、心の内まで深く踏み込むのが親分の務めだ。いろんな身分の男女、様々な事情を知ることができる。でも磔や百敲(たた)きは見たくはないな……。


第一位 魚の棒手振り
棒手振りといえば魚屋だ。暗いうちから起き出して仕入れに行けば、魚河岸の賑わいが味わえる。活きのいい江戸前の魚がずらりと並ぶ。道端にはでっかい鮪がごろりと転がっている。町を流しての行商がまた魅力的だ。客は大店から裏長屋の人たちまで、いろんな暮らしを覗けるのは町の親分さんに負けていない。それに町に詳しくなれることは大きい。大通りに路地にお稲荷さん――。行商の足をとめ、橋の上から江戸の海を眺めて、潮風を胸いっぱいに吸い込んでみたいものだ。


ベスト3をみてきましたが、えっ、お前さんも江戸に行ってみたくなった? わかります。だったら時代小説を手に取ってみちゃあどうです。江戸もひとつじゃござんせん。自分好みの江戸を探すのも、また乙ってもんです。さて、どんな江戸がお前さんを待ってますやら。素敵な江戸に出会えますように。




みやもと・のりこ
京都府生まれ。2012年、「雨宿り」で第6回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。『跡とり娘 小間もの丸藤看板姉妹』で第2回細谷正充賞受賞。他の作品に『始末屋』『狐の飴売り 栄之助と大道芸人長屋の人々』『妹の縁談 小間もの丸藤看板姉妹(二)』などがある。