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わたしのすみか
第6回 理想の仕事部屋 長岡弘樹

小説のプロットを構想するやり方は、作家によって様々だと思う。各々の書き手は、独自に編み出した方法を持っているに違いない。例えば、ある外国の作家は、スケッチブックに小さく人物の絵をたくさん描くことで小説のインスピレーションを得ていたという。

 わたしのやり方はといえば、人物ではなく1本の線を紙に描くことだ。「だいたいこんな話」というイメージがぼんやりと頭に浮かんできたら、余ったカレンダーを裏返し、白紙の面を上にして床に置く。これに鉛筆で左から右に長い矢印を引き、その矢印の上に、点をプロットしていくのだ。「ここで主人公が事件に巻き込まれる」、「このあたりで敵が登場する」、「ここで殺人が発生」、「ここで二人目の犠牲者が出る」、「ここで真犯人が判明」などとぶつぶつ言いながら。つまりプロットした点は、ストーリー上重要なイベントが起きる地点という意味だ。

 大きな紙は保管しておくのが面倒なので、一度パソコンの画面でこれを試してみたのだが、手書きの方がずっとやりやすいと判明したため、すぐカレンダーに戻してしまった。そのうち、書いたり消したりをもっと楽にできるよう、カレンダーではなく紙製のホワイトボードを使ってみてはどうだろう、と思いついた。

紙製ホワイトボードについては、A1判のものが5枚セットになっている商品が売られている。それを購入し、5枚をテープでつなげて大きくしてから、壁に画鋲で留めて使うようになった。しかし、楽に消せるとはいえ、何度も使っているうちにどうしても汚れがこびりついてしまうので、どこかのタイミングで新しく買い替えなければならない。替えたら替えたで、その都度テープで貼るのが面倒くさくてしょうがなかった。



 かつて、わたしの仕事部屋はこんな感じだった(図1)。紙のホワイトボードは東側と北側の壁に張っていた。この壁を見ながら常々思ったものだ。ここに紙製ではない普通のホワイトボードが欲しいな、と……(願望①)。

ところでわたしは、考えごとをするとき部屋の中をぐるぐると歩き回る、という癖を持っている。じっと座って考えることが、なかなかできないのだ。拙宅のすぐ前には、広大な城址公園がある。土手をぐるりと歩けるようになっているから、散歩にもってこいの場所だ。だからといって、そこを歩くわけではない。わたしは極度のズボラなので、ちょっと外に出ることすら面倒でしょうがない。だからいつも、散歩は室内で済ませてしまう。つまり机の周りをひたすらぐるぐると歩くのである。

だが、仕事部屋で散歩をするにはちょっとした問題があった。各種の電源コードだ。机上のパソコン、プリンターから壁のコンセントまで伸びている何本もの線が、歩き回るのに非常に邪魔なのだった。床用のモールで覆ったところで、引っ掛かることはなくなっても凹凸ができるため、歩きづらいことに変わりはない。だから常々思ったものだ。コードを気しなくて済む床にしたいな、と……(願望②)。

 ついでに言うと、わたしにはもう一つ悪癖があって、それは片付けがまるでできないことだ。使い終えた書籍や道具類は、決まって机の上に置きっぱなしにしてしまう。だから常々思ったものだ。もっと大きな机、そうでなければもう一つ予備の机が欲しいな、と……(願望③)。

 というわけで、願望①、②、③を実現した理想の仕事部屋をいつか作りたい、とのささやかな計画を、いつしかわたしは抱くようになっていたのである。

そんなとき、都合のいいことに一つの事情に恵まれた。拙宅から9キロばかり離れた市の外れに、父親がセカンドハウスを所有していたのだが、この家がかなり年数を経たあばら家だったので、そろそろ取り壊そうという話になったのだ。そこでわたしはこの土地を譲り受け、思い切ってそこに新しい仕事部屋を作ってしまうことにしたのだった。そうして完成したのがこんな感じの部屋だ(図2)。



四方はホワイトボードとして使える壁材で囲んだ(採光用の窓はその上と下に設けた)。コンセントは床に設置し、電源コードを気にせず、壁に沿って歩き回れるようにした。机も二つ設置して、ほぼ、計画どおりの部屋を作ることができた。

同業者の中には、「執筆は喫茶店やファミレスで行なう。自宅では全然書けない」という方がいるが、わたしはその反対だ。どうしてもホワイトボードや歩き回るスペースが要るので、この仕事場でなければ、ほとんど筆が進まない(ここにいてもかなりの遅筆なのだが……)。

この部屋が完成したのは2017年の3月だった。もうあっという間に3年だ。それなりの出費はしたので、ちゃんと元が取れるすみかにしたいと思っている。




ながおか・ひろき
1969年山形県生まれ。筑波大学第一学群社会学類卒業。2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞し、05年『陽だまりの偽り』でデビュー。08年「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。13年『教場』が「週刊文春ミステリーベスト10」第1位、「このミステリーがすごい! 2014年版」第2位となり、2014年本屋大賞にもノミネートされる。他の著書に『赤い刻印』『教場0』『にらみ』『道具箱はささやく』『119』『風間教場』などがある。