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私の○○ベスト3
Vol.53 浅倉秋成 私の「未だに思い出し笑いをしてしまう、悪意のない友人の発言」ベスト3


1位 「剥製があったんだよ」大学4年生Mくん
2位 「ポォルノゥ!」 中学2年生Kくん
3位 「早くっ、見させてください!!」小学1年生Sくん



3位:「早くっ、見させてください!!」小学1年生Sくん
 おそらく小学1年時の図工の時間だったと思うのだが「未来の自分に向けてタイムカプセルを作ろう」という授業があった。ダチョウの卵のような形状のカプセルに手紙やら工作やらを詰め込み自宅で保管。自身で決めた年齢になったらそれを開けようという趣旨の企画であった。ほとんどの児童が20歳や30歳の自分に向けてカプセルを制作していたのだが、Sくんだけはなぜか8歳の自分へ向けたカプセルを作ろうと画策していた。当時7歳なので開封は翌年ということになる。「さすがにそれは駄目」と先生に釘を刺されたSくんはポロポロと涙をこぼし、嗚咽交じりの声で力強く「早くっ、見させてください!!」。どうしてそんなに早く見たかったのかはわからないが、とかく子供とは我慢が苦手な生き物である。

2位:「ポォルノゥ!」 中学2年生Kくん
 私が通っていた中学には、ALT(外国語指導助手)としてフロリダ出身の黒人女性が英語を教えに来てくれていた。とても気さくで愛らしい女性で、生徒たちの評判も上々であった。「What's your favorite thing?(あなたのお気に入りは何ですか?)」という質問に答える授業で、指名を受けたのがKくん。当時音楽グループの「ポルノグラフィティ」に熱中していた彼は、発音も疎かにせぬよう舌を目一杯巻いて叫んだ。「ポォルノゥ!」。直後にALTの講師は魂を絞り出したような小さな声で「Wow...」。あれよりも完璧なネイティブスピーカーの「Wow」は、未だに一度も聞けていない。

1位:「剥製があったんだよ」大学4年生Mくん
 当時アメリカ旅行から帰ってきたばかりだったMくんは、同じゼミの仲間である我々に旅の思い出を語ってくれていた。Mくんは抜群の身体能力と、少しばかりの「天然」加減が魅力の友人であったのだが、とにかく日本語の誤用が多かった。カリフォルニアに多数の蝋人形が展示されている博物館があったそうで、そこで見たものを誇らしげに語ってくれたのだが、「奥の展示スペースにさ……アンジェリーナ・ジョリーの剥製があったんだよ」。実に悪趣味な展示である。どうやらMくんは「剥製」は「蝋人形」の同義語であると認識していた模様。笑いながらそんなものあるわけないと否定する我々に対して「いや、本当にあったんだってば! アンジェリーナ・ジョリーの剥製!」となおも力説。アメリカは思いのほか人権意識に乏しい国であったらしい。一世を風靡したハリウッドスターの最期は、なかなかどうして儚い。




あさくら・あきなり
1989年生まれ。関東在住。2012年に『ノワール・レヴナント』で第13回講談社BOX新人賞Powersを受賞し、デビュー。2019年に刊行した『教室が、ひとりになるまで』で第20回本格ミステリ大賞〈小説部門〉候補、第73回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉候補。その他の著書に『フラッガーの方程式』『九度目の十八歳を迎えた君と』『失恋の準備をお願いします』などがある。最新刊は『六人の嘘つきな大学生』。