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私の○○ベスト3
Vol.57 羽鳥好之 私の日本全国「練り物」ベスト3


●飫肥天(宮崎県飫肥)
●赤天(島根県浜田)
●蒲さし(山口県宇部)



 周辺を豊かな海に囲まれた日本では、魚介類を加工した食品がまた豊富です。中でも魚のすり身を材とする食品、いわゆる「練り物」は地域ごとに見事なバリエーションを見せて楽しい。港、港に練り物あり、ですね。
 ところがこの練り物、なぜか酒席でも食卓でも、その主役となることはない。刺身、焼き魚、煮魚の前座として供されることも多く、あまり印象に残らないというか、語られない。練り物に深い愛着を抱き続ける私としては、なんとも無念!
 雑誌編集を長く続け、四十代で編集長となった私は、年来温めてきた「練り物」企画を会議の場でぶち上げました。「日本全国練り物選手権」と題し、各県ごとに自慢の練り物をいくつか挙げてもらい(これは地方新聞の商品広告部に依頼します)、まずはブロック大会を開いて地域代表を選ぶ。それを一堂に集め、グルメ評論を得意とする識者たちの侃々諤々(かんかんがくがく)を経て、晴れの日本一を決定するという壮大な企画でした。要は各地に見事な花を咲かせるソウルフードを世に広めたい、その野望を果たしたいと思ったのです。
 しかし、興奮気味に話を進める私に、部員たちは冷ややかでした。空気を察した副編集長が言いました。
「思いは伝わりました……ですが、練り物とはいかにも地味ではないでしょうか」
 他の部員たちも小さく頷く様子を見て、私は肩を落とした。
 左党たちは日本各地の銘酒を声高に語ります。ならばなぜ、そのアテとして最適な練り物を語らないのか。私は機会をとらえては練り物への思いを酒席で口にしました。するとどうでしょう、みな私に賛意を示し、企画の復活をけしかけるのです。某大手広告代理店の友人など、真面目にスポンサーを探しますよ、そう励ましてくれた。しかし、いまだに企画は実現せぬまま、私は昨年、出版社を退社しました――
 私の数少ない自慢のひとつは、全国都道府県すべてに三度以上泊まった経験のあることです。仕事柄もあって、日本中を旅し、その地の酒場で地のものを食する機会を得てきました。そんな私のとっておきの練り物情報をお伝えします。あえて、あまり紹介されることのない「隠れたベスト3」を挙げると――

 九州ではすり身を揚げたものを「てんぷら」と呼びます。代表はいわずと知れた薩摩揚げですが、そのお隣、宮崎県南部に静かな城下町飫肥(おび)はあります。日露戦争の講和交渉で名高い小村寿太郎を生んだこの町の名物が「飫肥天(おびてん)」です。地物の魚(なんでもいい)を丸ごとすり身にしてそこに豆腐とショウガを加え、味付けに味噌、醤油、黒砂糖などを好みで使って揚げる。ほんのりした甘味とさくさくした食感が特徴で、酒を召し上がらない人にも、子供にも喜ばれますし、やや軽めゆえに何枚でもいけます。

 島根県の観光といえば松江、出雲大社、石見銀山でしょうが、さらに西に向かうと浜田、益田、津和野へと至ります。交通の便に恵まれないぶん、山間も含めて懐かしい風情が至るところに残っています。旅するならそんなところがいい。
 その浜田の名物が「赤天(あかてん)」です。豊富な地魚を練って赤とうがらしを加え、それにパン粉をまぶして揚げます。いわゆる魚カツですね。ピリリとした辛味はやはり冬の寒さ対策でもあったのでしょうか、いずれにしろ、酒飲み好みの逸品です。

 もう一品はやはり蒲鉾から選ばねばならないでしょう。日本各地が味を競う練り物の王者です。正月の用意は小田原の「かまぼこ通り」まで足を延ばすほどの蒲鉾好き、一番を選べと言われてもとても無理なので、特徴ある一品を紹介します。
 蒲鉾王国、山口県宇部市の老舗店が作る通称「蒲さし(かまさし)」です。独特の火入れの手法により、真白な地肌と生のような食感を特徴とする。一般の蒲鉾に比べて幅が狭く、そのぶん、大きめに切ってワサビを乗せて食べる。山口には「獺祭(だっさい)」のほかにも知られざる銘酒が多いですね。「蒲さし」の上品な味わいは冷たくした酒とよく合います。

 以上三品、選んではみましたが、弘前の「いがめんち」(訛りがいい!)とか、富山の「昆布巻蒲鉾」とか、捨てがたい品ばかりです。だいたい、地方で見かければ即買いする竹輪を入れていません。宇和島の「じゃこてん」とか仙台の「笹かまぼこ」といった有名どころなら、隠れた名店もあってご紹介したいところなんです。ですが、この稿では割愛します。心中、お察しくだされたら幸いです。




プロフィール
1959年生まれ。群馬県前橋市出身。早稲田大学仏文科卒。1984年文藝春秋に入社し、「オール讀物」編集長、文藝書籍部長、文藝局長など、一貫して小説畑を歩む。直木賞選考会の司会も務めた。2022年文藝春秋退社後、『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』で作家デビュー。
※『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』特設サイト
https://www.hayakawabooks.com/n/nd199ac15c181