J_novel+ 実業之日本社の文芸webマガジン

お世話になっております
File 6. 机の上の景色  大前粟生

 お世話になっております。都内の某所に同居人と暮らしながら、小説を書いて生活をしています。リビングとそれぞれの部屋から成る間取りで、同居人から譲り受けた横長の小ぶりな机を仕事机とし、買った時からずっと調子の悪すぎるノートパソコンを使って書き仕事をしています。机の正面の壁には、120センチ×90センチのホワイトボードシートを貼り付けています。このシートに、仕事の締め切りだとか、今書いている小説のちょっとしたプロットだとか、税金をいついつまでに振り込むだとかの諸々のスケジュールを書いています。そうやって目の届くところに書いておかないとすぐ忘れてしまいます。これを導入してからけっこう仕事がしやすく、便利だなあと思う反面、この机の上で読書をしたり、日々追っているVtuberの人たちの配信を見たり、食事をしたりとなんでも済ませているので、そうしたプライベートなことをしている時にも、つい目を向けるとシートに書いた仕事のことが目に飛び込んできてしまいます。仕事の状況が一覧できるのは便利ではあるけれど、これはあまり気を緩められないな、と思ってしまうこともあります。自分自身が、仕事というものに呑み込まれてしまうと言いますか。けれど、私にはとっておきのリラックスできるものがあります。それはホワイトボードシートの隅に同居人が書いてくれる絵なのです。
 ホワイトボードシート用の赤・青・緑・黒のマーカーを使い、同居人はすこやかな寝顔みたいな愉快なタッチで絵を描いてくれます。どれもどこか笑えて、想像力を広げてくれるような素敵な絵ばかりです。これらの絵をすばらしいと思えなくなったら、身も心も仕事にのっとられている危なげな状態なのかもしれません。なので、お世話になっております、と同居人とその絵の数々に言いたいと思います。
 どれも素敵で写真に残しているのですが、簡潔に言葉で説明させていただきますね。
 まず、ホワイトボードシートを部屋に導入した当初に同居人が描いてくれたのが、「首から下がコジコジになっている猫」、そして「そこをすかさず横切るヘビ」でした。さくらももこの漫画の『コジコジ』の胴体をし、顔だけが猫である何者かがにっこりと微笑んでいて、そのそばをにょろにょろとヘビが渡っています。そのことに、あっ! と気づく同居人の似顔絵もあります。次に、「親指にはまっているタコさんウインナー」の絵。どうしてこれが描かれることになったのかもう忘れてしまいましたが、グローブのような大きな手の親指だけがタコさんウインナーらしきものになっています。その次に描いてくれた絵は傑作だと思います。「“影絵のカモ”と“セロリ”と“ここからまだ波平にもなれるしスイカにもなれる人”のみつどもえ関係」の図を表した絵なのです。どういうこと? と思いますよね。私もよくわかりません。自分にはないその感性に痺れるばかりです。他には、青年とおじさんの中間のような男性がこちらを向いて微笑んでいる「にせ大谷しょうへい」だったり、藤子・F・不二雄の『ポコニャン』だったり、同居人が一ミリも知らないで描いた『呪術廻戦』の「五条悟」だったり。その五条悟は古着が好きで、「卍うさぎ」というTシャツを着ていて、ビーグル犬のような飼い犬を横に連れています。大きな屋根瓦を腰に装着したような「ひこにゃん」に、「ひこにゃんを初めて見た人」「彦根城の顔はめパネル」。「一瞬ヘビみたいに見えるホース」だったり、「ポテチの上をサーフィンするハト」など、ちょっとシュールでおもしろい様々な絵をこれまで同居人は描いてくれました。
 今、目の前のシートにあるいちばん最新の絵は「ラッセンジバニャン」です。ラッセンのあの星々がきらめく夜空へとイルカが飛び跳ねる絵の中央に、なぜだか『妖怪ウォッチ』のジバニャンがいて、向かいから見て左方向へと満面の笑みで飛び跳ねているのです。
 どれだけ忙しくても、同居人と同居人の絵のおかげでほがらかでいられます。お世話になっております。
 最後に、机の上にあるもうひとつの常日頃からお世話になっているものにお礼を言いたいと思います。それは、
「おまえもしかしてまだ 自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」
 と仕事机の上でいつも言い続けてくれている『幽☆遊☆白書』の戸愚呂弟のアクリルスタンドです。つい仕事をサボりそうになったら、戸愚呂弟のその言葉を自分自身に言い聞かせています。



大前粟生(おおまえ・あお)
1992年、兵庫県生まれ。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトにて最優秀作に選出され小説家デビュー。主な著作に、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』『おもろい以外いらんねん』『きみだからさびしい』などがある。2023年4月、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』が実写映画化。