私の○○ベスト3
Vol.75 きむらゆういち 人類最後の日に食べる食事ベスト3
1位 うなぎ
2位 すき焼き
3位 トンカツ
世界中に山ほどある料理の中で、人類最後の日に食べたい料理を選ぶのである。よほど特別な理由が必要である。
そこでまず先に3つの料理の名前を挙げようと思う。理由はその後にする。
1.うなぎ
2.すき焼き
3.トンカツ
である。
3位のトンカツのその理由は?
我が家はボクが10歳の頃に父が他界し、姉は自活を始め、母は働きに出た。母の仕事先は紳士服屋。毎晩店を閉めてからズボンの裾直し等の作業に追われる。母が家に帰ってくるのが夜の11時15分。中学生のボクはもう寝ている時間である。
なので中学高校までの6年間、毎夜夕食は1人で食べていた。そのメニューは毎日毎日同じなのである。
ごはんは母が出かける時にタイマーで仕掛けていく。問題はおかずだ。おかずは毎日、隣のおばさんがトンカツを1枚買って食卓に置いておいてくれるのだ。
トンカツとごはんで夕食を済ませるのだが、ごはんだけはいっぱい炊いてある。育ち盛りのボクはトンカツ1切れでごはんを何杯食べられるのかが勝負なのだ。
隣のおばさんが買ってくるトンカツは安い方のトンカツなので脂身が多い。だから1枚のトンカツでも肉と脂身と衣と3種の味が楽しめるのである。
さて次の問題は次の日の朝ごはんである。夜仕事で遅い母は朝は寝ている。ボクは1人で朝食も取らなければならない。
そこでボクは必ず夕食のトンカツを2切れ残す。この2切れが次の朝食となるが、育ち盛りのボクはそれだけではとても足りない。そこで卵かけご飯をプラスする。
1日経った脂身が白く戻ったトンカツと卵かけごはん。白くなった脂身のシコシコとした食感と卵の組み合わせがなんとも絶妙なのである。ボクはこの食事を365日毎日繰り返し続けていた。
よく同じものしか食べられないと戦争中の玄米や粟のようにもう2度と食べたくないなどと言う人が多いが、ボクの場合は逆で、それが好きになってしまう。今でも食事にトンカツが出ると必ず卵かけごはんにしてしまう。
ただ以前、あるインタビューで好きな料理はなんですかと聞かれて “1日おいた脂身の多いトンカツと卵かけごはん”と答えたら変な顔をされた。なのでそれ以来この料理は3位になったのである。
第2位 すき焼き。
これほどボクの好みを集合させた味付けは他にないだろう。薄切りの肉に醤油と砂糖味のタレ。卵につけて食べ、最後にこの卵をごはんにかけて食べてしまう。
なので長い間、ボクの好きな料理の第1位の座に座っていた。
しかし歳をとるにつれてすき焼きの味がしつこく、しゃぶしゃぶの方が健康的でさっぱり食べられるので、1位の座を危うくしてきた。
第1位 うなぎ。
そこに札幌デンタルツアーの事件が起きた。3本インプラントにしようと思っていたら、近所の歯医者ではあまり慣れていないと思わせる不安な発言をする。そんな時、札幌にすごくいい歯医者がいると言うのでみんなで行こうという話になる。総勢8人でレンタカー2台に分乗し空港から歯医者に向かう。前夜歯医者さんに全員寿司を奢られ、1日で手術が終わるので簡単ですと言われる。さて翌日、全員検診してみるとみんなそれぞれの理由で手術ができないことが判明。可能なのはボク1人ということになった。
院長はボクの歯のレントゲン写真を見せて、今すぐ全ての歯をインプラントにしなければシロアリに襲われた住宅のようになってしまうと説得する。ボクは元々の予定の3本インプラントでと言うが、院長は全部と言う。3本全部3本全部、対立は続き、全員を呼んで説明される。専門家1人と素人8人。誰も専門家に反論する言葉を持たず無言。ここでボクがやらないと何のために8人が札幌まで来たの、と言う責任感が生まれ、とうとう首を縦に振るしかなくなったのである。
翌朝ボクの歯は全て抜かれ、仮歯が入る。そこで初めて知らされたのだが、3ヶ月後に本歯が入るまで歯茎で噛めるものしか食べられないと言うのだ。ということは、ほとんどの料理は無理。
唯一うなぎは食べられるのだ。前から好きだった料理ではあるが、この時からうなぎが一気に1位に躍り出たのである。
そんなわけで、この順位が生まれた。ただ問題はそんな日にお店がやっているか? だが。
きむらゆういち
1948年、東京都生まれ。絵本・童話作家。ほかに、戯曲やコミック原作・小説など広く活躍中。著書は国内外合わせると1000冊を超える。
代表作として『あらしのよるに』シリーズ、『よーするに医学えほん』シリーズ(いずれも講談社)、『あかちゃんのあそびえほん』シリーズ(偕成社)、『オオカミグーのはずかしいひみつ』(童心社)、『どうするどうするあなのなか』(福音館書店)、『たいせつなことはみんな子どもたちが教えてくれた』(主婦の友社)など。
『あらしのよるに』で第26回講談社出版文化賞絵本賞、第42回産経児童出版文化賞JR賞受賞。『オオカミのおうさま』(偕成社)で第15回日本絵本賞受賞。