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私の○○ベスト3
Vol.70 嶋津 輝 「私が好きな小津映画の食べ物ベスト3」


第一位 「長屋紳士録」のおにぎり(のようなもの)

第二位 「東京物語」の丼物

第三位 「麦秋」のお茶漬け



 我ながらいやしい性質と思うが、人の食べているものがすべて美味しそうに見えて自分も食べたくなる。食堂で隣の人が食べていたものを次に来たとき注文したり、コンビニの弁当売り場で焼きそばかナポリタンで迷っているとき、颯爽と現れた客が迷いなくシュウマイ弁当を手に取りレジに向かうのを見ると自分もシュウマイ弁当を買ってしまう。
 映画や小説、漫画に出てくる食べ物もよく真似をする。そそられるものを挙げればキリがないので、ここでは小津安二郎の映画に限定して作中の好きな食べ物を紹介したい。


●第三位 「麦秋」のお茶漬け
 小津、お茶漬けとくればズバリ「お茶漬の味」という作品がある。むろんお茶漬けを食べる場面がありそれはたいそう美味しそうなのだが、私は「麦秋」で原節子演じる紀子が食すお茶漬けにより惹かれる。
 夜晩く帰宅した紀子は家族に受け入れられないある覚悟を抱えていて、とにかく腹を満たすべくお櫃からよそったご飯に急須のお茶を注ぎ、きゅうりの漬物を供に厳しい表情でお茶漬けを食す。ざらざらと一杯目を平らげると、すぐに二杯目をよそう。このスピード感がいい。碌に味わっていない感じが逆に旨そうである。ちなみに原節子は成瀬巳喜男監督の「驟雨」でもお茶漬けを食べていて、このときは台所で立ち食いしているのだがやはり旨そうだ。お茶漬けは取り急ぎ流し込むのが正しい食べ方だと思う。


●第二位 「東京物語」の丼物
「晩春」「麦秋」「東京物語」はいずれも原節子が紀子という役名で登場するため、紀子三部作と呼ばれる。三位に続き、二位も紀子三部作である「東京物語」から。
 紀子が義父母の東京観光に一日アテンドし、そのあと自宅に招いて出前の丼物を供する。丼の中身ははっきり映らないが、天丼かカツ丼のようだ。ちなみに紀子の夫は戦死しており、独り身となった紀子の住まいは手狭なワンルームで生活は楽そうでない。三人前の店屋物は紀子の精一杯のもてなしなのだろう。正座した義母がもったいぶるような箸使いで丼を食べるさまは神々しいまでに奥ゆかしく、観ているこちらはわき出る唾の対処に難儀する。


●第一位 「長屋紳士録」のおにぎり(のようなもの)
 夫も子も失い一人で荒物屋を営むおたねが、ひょんなことから小さな男の子を預かることになる。この子の縁者を探すために出向いた茅ヶ崎で、おたねが手提げ袋からおにぎりのようなものを取り出して海辺で食べる。この食べ物、白くて丸くて多少デコボコしているので塩結びと推察したが、おにぎりにしては小さいし、平たい。大福ぐらいの大きさだが、餅のような粘り気はないのでおにぎりかパンだと思う。正体不明なところが一層興味をそそる。私はこの食べ物を真似し、小さく平たいおにぎりを作ってみた。しかしそのままでは崩れそうなので、焼きおにぎりにして醤油をまぶした。平たいぶん味が沁みて美味しかったが、醤油を使ったことで贅沢感が生じ、昭和22年公開の本作品の気分がやや薄れてしまったのが残念である。



嶋津 輝(しまづ・てる)
1969年東京都生まれ。2016年「姉といもうと」で第96回オール讀物新人賞を受賞して、作家デビュー。18年発表の「一等賞」が日本文藝家協会編『短篇ベストコレクション 現代の小説2019』に収録。19年、デビュー作を収めた『スナック墓場』(文庫化に際し『駐車場のねこ』と改題)刊行。23年に上梓した『襷がけの二人』が直木賞候補に選ばれる。