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シクシクしやすい時代を生きる。あなたも わたしも(前編)

桜木紫乃× 朝比奈あすか 特別対談
シクシクしやすい時代を生きる。あなたも わたしも(前編)

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朝比奈あすかさんは、長編小説『ミドルノート』(実業之日本社)、桜木紫乃さんは、写真絵本『彼女たち』(KADOKAWA)。自分の「いま」に悩み、もどかしさを抱える女性たちを描いた作品を、このほど同時期に上梓されたお二人。書店での偶然の出会いから数年経ったこの秋、待望の初顔合わせが実現! 創作背景やデビュー前のエピソードなど、存分に語りあっていただいた対談の模様を〈前編〉〈後編〉にわけてお届けします。
写真/中川正子  構成・文/Webジェイ・ノベル編集部

“シクシク”悩み、“シクシク”生きる30代

――お⼆⼈は、仕事では初顔合わせですが、以前⼀度、お会いになったことがあるそうですね。

朝⽐奈:数年前、⽇⽐⾕の書店を訪ねた時、ちょうど来店されていた桜⽊さんを書店員さんがご紹介くださって、ご挨拶したことがあるんです。今⽇は、再会できて光栄です!

桜⽊:こちらこそ、よろしくお願いします。
『ミドルノート』興味深く拝読しました。登場人物たちは「ゆとり世代」になるのですよね。実は我が家に、ガチで“ゆとりくん”がいるんですよ。

朝⽐奈:そうか、あの時に話しておられた息子さんが――

桜⽊:今年31歳。『ミドルノート』に出てくる西くんみたいなタイプ。まさに、うちにいるの(笑)

朝⽐奈:前回は、ほんの短い会話を交わしただけでしたけど、「息子がマイペースすぎて」って私が言ったら、「一緒! うちもマイペースなのよ」と言ってくださったのがすごく嬉しくて、よく覚えています。息子は人の目を全然気にしないし、自分が楽しければそれでいい、友達が多くなきゃとか、そういうのもありません。当時は中学生だったので、ちょっと心配だったんですけど、最近は逆に、羨ましいなと思っています。

桜⽊:うちの“西くん”も、お給料で趣味のガンプラを買って、綺麗に作った写真をアップしたりしてますよ。すごく楽しそう。

朝⽐奈:わあ。めっちゃいいですね。

桜⽊:実は最近、『ミドルノート』も含め、30〜40代の書き手の作品を続けて読む機会があって、ちょっと衝撃を受けたんです。登場⼈物がみんな、シクシク悩んでるのね。誰かと比較してはシクシク、自分って何だろうとシクシク、立ち位置も居場所もわからない――たまたまかもしれないけれど、『ミドルノート』も含め、そんな作品が続いたんですよ。
私の担当美容師さんがまさに30代半ばの方で、「立て続けにそんな内容でさ」って話してみたの。すると彼女があっさり、「私たちはバブルの時代も、日本が上り調子だったことも知らない。物心ついた時には生活は楽じゃなくて、親はやりくりに困ってることが多かったです。日本が他国に追い抜かされて、差がついてきた、そういう時代を反映してるんじゃないですか」と返ってきて。小説は時代を映すものだけど、やっぱりそうなのかって、びっくりしました。
朝比奈さんが今回、人生のミドルノート、30代という年代を選んだのは、どういうきっかけからですか。

朝⽐奈:この小説は「日経xwoman DUAL」という、共働き子育て世代がターゲットのWebメディアで連載したもので、担当編集者も30代前半の女性でした。それで、私よりひとまわり以上若い今の30代はどういう状況で、何を感じているのかと興味が湧き、「会社の同期」という設定で物語を作ることにしました。
30歳って、その先の人生が分岐する始まりの時期だと思うんです。独身の方、既婚の方、子どもがいる方、いない方、働く場合も正規雇用か非正規雇用かなど、立場はそれぞれです。この世代には、⾃分が何を求めているのか分からなかったり、選んだ道に自信が持てず、この⾯で私負けてる、ここは勝ってるとか、常に他⼈と⽐較してる⼈が多いことに、書き進めながら改めて気づきました。

桜⽊:こんな日常だと、疲れてしょうがないだろうな、って思えるぐらいシクシクしてますよね。これって、この世代特有で抱えている問題なのかな。

「生きづらい」という言葉

朝⽐奈:今の30代は、SNSを通じて他の人の生活の良いところだけついばむように見えちゃうこともあったりで、私たちの頃よりもっと、シクシクしやすい時代を生きなくてはなりません。だからこそ、そうやってもがく中で、誰とも比較できない自分の真実を見つける話にしたいと考えました。

桜⽊:私は若い頃、やはり30歳くらいの時かな、物の見方や興味ある話題が、いわゆるママ友、保育園や幼稚園のお母さんたちとやけに合わないって、気付いたの。ところが、私が合わないと思う以上に向こうも感じていたみたいで、だんだんうまくいかなくなっていったんです。一緒に何かをするとか、子供のために仲良くしなきゃとか、そういう場面で、途端につらくなる。
今の30代のつらさはあれに近いのかしら。あの違和感が、モラハラとか、パワハラなどの形をとって、職場や友人や夫婦間でも起きているとしたら、そりゃつらいだろうなと思います。
ただ、そこに「生きづらい世の中だから」って言葉を与えて納得させがちなことについては、疑問に感じますね。「生きづらい」という言葉。朝比奈さんはどう思いますか?

朝⽐奈:流行ってますよね。昔はそんなふうに言いづらかったはずなのに、皆がライトな感じで、いとも簡単に言えるようになって。「病んでる」も良く聞きますよね。

桜⽊:本当に病んでる人は、相手に向かって病んでるって言わないよね。

朝⽐奈:自分が生きづらいことに気づいてない人こそが、本当の生きづらさを抱えているのでしょうに。ただ、そうやって口にすることでつらさが薄まって、気持ちを楽にできるのかしら、と思うことはあります。

桜⽊:私は自分から生きづらいって言ったことないんだよね。安易に使うのを控えたいと思っている年代かも。流行ってるから、みんなその一言で片付けようとするんだけど。どう駄目なのか、どうすればいいのか、自分の言葉を得られたらいいのにね。

50代でできた友達がきっかけで……

――朝比奈さんは、『彼女たち』をどのように読まれましたか。

朝⽐奈:出口が見えにくい日常の中でも、三人の彼女がそれぞれ自分を見つめ直し、よりどころを探っていく姿が、とてもいいなと思いました。

桜⽊:私は今50代後半だけど、50代って、過ぎてきた30代、40代をどう生きてきたかが出る10年間だと思うんです。30代が人生の基礎で、40代に応用をきかせてきたものが、50代でどれだけ形になるか。若い頃は友達っていなかったけれど、最近になって「友達」と呼びたい人と出会うようになったんです。

朝⽐奈:仕事とは関係ない方ですか。

桜⽊:まったくの異業種。その彼⼥との出会いで、『彼⼥たち』が⽣まれたんです。⼀話⽬の「イチコさん」のモデルが、50代になってからできた友達。今59歳で、実際に大学の教授なんですよ。

朝⽐奈:えっ、そうなんですね!

桜⽊:若い頃の“やけに合わない関係”とは逆で、最近、相手のことを「この人、ユニークだな、なんかおもしろいな」と思ったら、向こうも「サクラギってちょっとおかしいな」と思ってくれるようで、でもそれがいい具合なんですね。よく動く免震構造というか、いいゴムだから揺れても大丈夫。友情関係は動じない。

朝⽐奈:最初は、お互いをおかしいと思わないわけですよね。常識的な出会いで、話して、お互いを掘り下げていくうちに、おかしかったってことに気づいていく感じなんですね(笑)。

桜⽊:ちなみに担当編集者はみんな、私にとっては“戦友”。あるいは、作品を作り上げる“共犯者”でもあったり。そんなふうに捉えています。けれど、よく考えたら、私の周りにいる編集者たちも私を「ちょっとおかしい」と思ってるってこと?(爆笑)

桜⽊:『彼女たち』の裏話を、少ししますね。担当編集者から「絵本を作りませんか」という誘いをもらって相談するうちに、「絵」ではなく「写真」と文章を組み合わせようということになったの。写真ならぜひ中川さんにお願いしたくて、散文詩のような文章一冊分を見ていただいたんです。「お引き受けします」って返事をもらって、「やったー!」と思ったら、中川さんから注文が来たのね。「せっかく小説家が書かれるのだから、ストーリー性のあるものにした方がいいんじゃないですか」って。それで、新たに書き下ろしたものを読んでもらって、写真を撮っていただいて、今のような構成に落ち着いたんです。

中川:(対談撮影中の中川さん、飛び入り)
そこはちょっと訂正があって。“小説家だから”じゃなくて、“せっかく桜木紫乃さんなんだから”って私は言いました。桜木紫乃さんの物語を、私が読者としてぜひ読みたいです! と編集者経由でお伝えしたんです。

桜⽊:ほら、中川さんも編集者も、めっちゃ“共犯”だ!

朝⽐奈:でも、そうやって、ストーリー仕立てで書いていただいて、本当によかったです。『彼女たち』に収められているのは短い文章なのに、桜木節、というのでしょうか、桜木紫乃さんならではの「この表現!」みたいなものが随所にあって、堪能できます。

桜⽊:「桜木節」って、どういうの?

朝⽐奈:体言止めではないんだけど、「独特の文章で言い切る」感じ、かな。例えば、わかりやすい例だと――「なにも片付けられない毎日に、やり残した家事が散らばっている」にハッとしました。新鮮でシンプルな表現なのに、部屋の様子がすごく伝わる。「残っている」ではなく「散らばっている」と書かれるセンスかしら。

桜⽊:そうなんだ、気がつかなかった。

朝⽐奈:うまく説明できないんですけど、うーん、比喩に近いというか……動詞で比喩をする、というのでしょうか。意外な動詞が組み合わされた文体で、初めて触れる表現なのに、びしっと伝わる感じがかっこいいと思います。

桜⽊:文体ってなんだろうなあ。自分ではよくわからないんです。自分が知らない言葉は使わないようにしていますけどね。

朝⽐奈:桜木さんの文章の中でしか出会えない言葉が散りばめられ、きちっと言い切る。それが桜木節なのかもしれません。

後編へ続く)

 

あさひな・あすか
1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2000年にノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。06年、群像新人文学賞受賞作『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。以降、働く女性や子ども同士の関係を題材に、多数の作品を執筆。主な著書に『闘う女』『憧れの女の子』『自画像』『人生のピース』『ななみの海』『あの子が欲しい』『さよなら獣』『人間タワー』『君たちは今が世界(すべて)』『翼の翼』などがある。

さくらぎ・しの
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。07年同作を収めた『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木三十五賞、20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。ほかに『星々たち』『起終点駅(ターミナル)』『ブルース』『裸の華』『緋の河』『砂上』『ヒロイン』、絵本『いつか あなたを わすれても』写真絵本『彼女たち』など多数の著作がある。

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