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シクシクしやすい時代を生きる。あなたも わたしも(後編)

桜木紫乃× 朝比奈あすか 特別対談
シクシクしやすい時代を生きる。あなたも わたしも(後編)

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朝比奈あすかさんは、長編小説『ミドルノート』(実業之日本社)、桜木紫乃さんは、写真絵本『彼女たち』(KADOKAWA)。自分の「いま」に悩み、もどかしさを抱える女性たちを描いた作品を、このほど同時期に上梓されたお二人。書店での偶然の出会いから数年経ったこの秋、待望の初顔合わせが実現! 創作背景やデビュー前のエピソードなど、存分に語りあっていただいた対談の〈後編〉をお届けします。
写真/中川正子  構成・文/Webジェイ・ノベル編集部

(前編はこちらからお読みになれます)

 

「仕事」として小説を書く嬉しさ

桜⽊:私、文章うまいわけじゃないんですよ。

朝⽐奈:え、そんな! 何をおっしゃるんですか!?

桜⽊:2002年にオール讀物の新人賞をもらったとき、編集者から「あなた文章下手だよね。スキルを磨きな。そしたら付き合うから」って言われたの。本にまとまってデビューできたのは2007年で、6年もかかってしまった。

朝⽐奈:なかなかデビューできなくて大変だったっていう話を、桜木さんが有名になられて、インタビューかエッセイを読んで知ったとき、ちょっと信じられない気持ちでした。

桜⽊:私は編集者に読んでもらいたくて、原稿を書いて送っていたのだけど、最初の人と連絡が取れなくなって。次の編集者が窓口になるけど、やがてまた連絡がつかなくなるの。出版社は、そうやって新人を振り落としていくんだと知りました。

朝⽐奈:そういう目にあった人が、大勢いるんでしょうね、作家側で……

桜⽊:いっぱいいると思う。そのときに食らいついて書いた人しか残らないし、ひとりである程度文章を書けるようにならないと、商業作家として続けていくことはできないんだと思います。
朝比奈さんはデビューされてから何年になりますか。

朝⽐奈:新人賞の受賞作が2006年に本になって、気づくと結構長くなっちゃいました。今年で17年目です。

桜⽊:私より1年早いけど、ほぼ同期ですね。

朝⽐奈:桜木さんはもっと大先輩だと思ってました‼︎
私も新人賞を取った後、編集者にさんざんおどされたんです。デビューしても10年残る人はひとかけらもいないって。怖かったですね。1年以内に2作目を雑誌に載せないと、みんなに忘れられてしまうと言われ、焦りながら書いて提出しました。今振り返ると、もっと時間をかけて書いてもよかったのかもしれません。

桜⽊:いや、すぐに出してよかったと思いますよ。編集者は、読者を想定して言ってるわけじゃなくて、書評家を意識してたはず。新人作家の作品を読者に届けるまでの儲からない期間を、最初の会社はちゃんと面倒見てくれたんですね。
私は、自分の名前が通っていくまで、意地で書き続けたようなところがあった。何より書くのが好きだから続けられたのね。その好きなものが見つからないと、しんどいよね。

朝⽐奈:そうかもしれません。私は、受賞によって「書くことは仕事だ」という名目をもらえてよかった、そんな気持ちでした。書くのは好きだから書きたいけれど、なんで書いているのかって自問自答してしまう。編集者に頼まれたおかげで、本が出なくても、雑誌に載らなくても、書き続けることができる嬉しさ。作家になりたいというより、仕事という建前を作れた安心感がありました。

桜⽊:私も同じですね。この文章で、たとえ10円でもいいから、もらってやるっていう気持ちが強かった。10円でももらわないと仕事にならないし、逆に、この原稿は全部仕事にしてやるって思っていたら、そのうち、親をネタにして書けるようになって。それがすごく気分良くて、だんだん楽しくなってきました。
ずっとアマチュアでやっていきたいと思って小説書いてる人は、非常に少ないという印象です。

朝⽐奈:そうですね。例えば私が創作したものを自費出版しても誰が読んでくれるのかなという気持ちはずっとありました。

桜⽊:恥ずかしいことだってわかってる人が、プロになるのだと思います。
小説書く人って怖いんですよ。人間を観て、人間を書いてるつもりになってるの。最初の頃は特に。人間観察をして小説書きました、世に問うてやるーーと賞に応募しても、箸にも棒にも引っかからない。編集者は、叱咤はするけど、本当の評価を伝えて自尊心を傷つけないように気をつけてる。本当のことを言ったらこの人死ぬかも……っていう恐怖を抱えながら仕事をしているのが、編集者だと思います。

作家の力を引き出し、受け止める編集者

朝⽐奈:お話を伺いながら、桜木さんの小説『砂上』を思い出しました。自分も作家なので、心が苦しくなったりしながら読んだ記憶があります。

桜⽊:一生懸命原稿を書いても、作家は社会から溢れていくんです。自分を社会に当てはめようとするけど、サイズが合わないから溢れちゃう。編集者は、社会のサイズに合わない人たちの、溢れたところを受け止めて、中身は書かないけど、文章とかストーリーを人目に触れても大丈夫なように整えて、世の中に出してくれます。編集者もクリエイターのような気がするな。そして俳優。

朝⽐奈:『砂上』に出てくる編集者も、時に厳しい言葉で主人公の新人作家の心に深く入り込み、作品を引き出しました。

桜⽊:この相手なら、ちょっとやそっとじゃ死なないとわかったからでしょう。『砂上』の編集者が「あなたは精神的に決定的なダメージを受けたこともなければ、友達もいない」と言っていますが、これは、そのまま私が言われたことなんです。

朝⽐奈:仕事で、小説を書く上で、言われたことですか?

桜⽊:私の人格に対して、編集者が言ったひとことです。人に共感しないし、友達もいない。

朝⽐奈:それは、何か小説を生み出すためのヒントとして言ったのですよね。もし友達が言ってきたのだったら、失礼しちゃうわ、って思いますけど……

桜⽊:私は子どもの頃から、何に対してもそうだった気がしますし、口にしないまでも、周りは私をそう捉えていたと思います。共感しない、共感を求めないような人は、自覚もない孤独に陥るみたい。振り返れば、たぶん孤独だったんですよ。だけど自覚がない。共感しないし、共感を求めてないから。

朝⽐奈:最近は、エンタメを判断する場合、共感できるかどうかが、大きな基準になっちゃってますが、そういう風潮に対してはどうお考えですか。

桜⽊:巷にあふれる「共感する」「泣く」は同情だってことに気がついて、って時々思う。本当に偉そうな言い方なんですけど、共感するって、その人の気持ちがわかるところまで経験を積んでから、初めて得られる感情だと思うんですよ。私は「共感する」という言葉を使うときに、これは共感なのか同情なのかと、考えるようにしています。

自由に深呼吸できる場所へ

朝⽐奈:桜木さんは、共感しないっておっしゃいますけど、私は、すごく愛の深い方だと感じています。共感や同情とは違うところで人と繋がるのでしょう。初対面の時、私を桜木さんに紹介してくれたのは、当時その書店で働いていた新井見枝香さんなのですが、新井さんは桜木さんのことを「師匠」と慕っておられますよね。

桜⽊:彼女がストリッパーになるきっかけの舞台を、実は(この対談に同席している)編集者たちと一緒に見てたんだよね。彼女、言葉少なに帰ったから、「あ、気に入らなかったんだね……」なんて言ってたの。ところが、後日すぐに他の舞台を見に行ったらしくて、ストリッパーになるって聞いた時には、びっくりしちゃった。
でも、どんどんどんどん彼女は笑うようになって、生き生きしてきて、創作的なことを考えて、本当に楽しいみたいなの。みんな行きたいところに行くんだ。やりたいと思ったことを止めるもんじゃないなと思いますね。もし相談されたら、もちろん止めなかったけど、楽しそうで本当によかった。自由に深呼吸できる場所に行くって、その人の生きる力だもんね。

朝⽐奈:息苦しい、生きづらい、病んでるーーそんな言葉が流行る時代ですけど、自由に深呼吸できる場所がある人、好きなことがある人って、輝いていますよね。ちょっと違うタイプですが、たとえば私の息子も、静かに折り紙をしていられれば、それで幸せなようです。ひとりでやっているから、寂しく見られたりもしそうですが……。

桜⽊:不思議に見られがちですものね。

朝⽐奈:でも本人はすごく満たされていて、「新しい折り方を考えついた」とか言って、だーっと自室に駆け上がっていく。その姿を見ていて、喜びや幸せって人と比べるものではなく、自分の大好きなことがある状態なのかな、と思いました。

桜⽊:朝比奈さんは『君たちは今が世界(すべて)』で、折り紙に興味をもつ少年のお話を書いておられますね。私はあの少年、大好きですよ。

朝⽐奈:ありがとうございます。とても嬉しい言葉です。私もあの少年には幸せになってほしいし、きっと彼は幸せなんだろうとも思うんです。折り紙やってる瞬間の、夢中になってそれしか考えられないーーそういう時間を過ごせることが。桜木さんの息子さんのガンプラもそうだし、折り紙もそうだし、夢中になれることがあるのはとても幸せなことで、そういうものを見つけられるかどうかが、大きいのかなと思います。

桜⽊:私は50代に突入してから、修羅場をくぐり抜けてきたであろう友達や戦友たちと知り合えて、日々が楽しくてたまらないの。お互い、たくさんの夢中になれることを、もっともっと見つけていきたいですね。

(2023年9月 東京都内にて)

 

あさひな・あすか
1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2000年にノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。06年、群像新人文学賞受賞作『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。以降、働く女性や子ども同士の関係を題材に、多数の作品を執筆。主な著書に『闘う女』『憧れの女の子』『自画像』『人生のピース』『ななみの海』『あの子が欲しい』『さよなら獣』『人間タワー』『君たちは今が世界(すべて)』『翼の翼』などがある。

さくらぎ・しの
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞を受賞。07年同作を収めた『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木三十五賞、20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。ほかに『星々たち』『起終点駅(ターミナル)』『ブルース』『裸の華』『緋の河』『砂上』『ヒロイン』、絵本『いつか あなたを わすれても』写真絵本『彼女たち』など多数の著作がある。

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