青柳碧人『怪談刑事』刊行記念インタビュー・前編
刑事vs.怪談師ミステリ誕生の理由/好きな「怪談師」ベスト5
オカルト嫌いのベテラン刑事・只倉恵三が配属されたのは、警察庁の第二種未解決事件整理係。「呪われ係」と呼ばれるこの部署で怪奇現象めいた事件を再調査することになった只倉の前に、愛娘の彼氏である怪談師が現れて……。ミステリと怪談をミックスさせたユニークな新作『怪談刑事』を発表した青柳碧人さん。その読みどころを前後編のインタビューでお届けします。前編では青柳さんが選ぶ怪談師ベスト5も教えていただきました。
(取材・文=朝宮運河 撮影=泉山美代子)
●怪談が好き、の思い余って執筆
――青柳さんの新作『怪談刑事』はミステリと怪談を融合させた作品です。まずは本書誕生の経緯を教えていただけますか。
ご存じかと思いますが、僕はもともと怪談が好きで、それを使って何かできないかなと思ったのが発端ですね。当初から頭にあったのは、怪談師が恋人の父親であるベテラン刑事に向かって「お嬢さんをください」と言う代わりに「あなたの怪談をください!」と言う展開。だから企画段階のタイトルは『娘の彼氏は怪談師』だったんです(笑)。編集さんから「もっとミステリっぽくしてほしい」と言われて、『怪談刑事』というタイトルに落ち着きました。
――得体の知れない怖さを描く怪談と、謎解きが中心になるミステリ。正反対のベクトルを向いているような気もしますが、実際に書かれてみていかがでしたか。
ミステリって実は大抵のものと組み合わせることができるんですよ。僕の『むかしむかしあるところに、死体がありました。』もミステリと昔話を融合させたら、という発想ですし、学園ものでもSFでもミステリになる。怪談もすでにひとつのジャンルとして確立しているものなので、ミステリと混ぜるのは違和感がなかったです。怪談ミステリはすでに何作も書かれているので、先行作とどう差別化していくか、という点にむしろ心を配りました。怪談師がここまで出てくるミステリは、おそらくあまり例がないと思います。
――「怪談師」とは怖い話や不思議な話を収集し、イベントなどで披露する人のこと。近年の怪談ブームを受けて、個性的な怪談師が日本各地で活躍しています。『怪談刑事』に登場する和服姿の怪談師・関内炎月にモデルはいるのでしょうか?
怪談社の上間月貴(かみまつきたか)さんをイメージしています。怪談社というのは糸柳寿昭(しやなとしあき)さんと上間月貴さんを中心とした団体で、彼らの存在はレギュラー出演している『怪談のシーハナ聞かせてよ。』という番組で知りました。ゲストが披露する怪談に対して、上間さんは「打てば響く」という感じの鋭い解説をされるんです。それが毎回かっこよくて。怪談語りも落ち着いたたたずまいも魅力的ですし、炎月のイメージにはかなり影響があると思います。
――なるほど、怪談社の上間さんでしたか! しかしここまで現代の怪談カルチャーを色濃く反映したミステリも珍しいと思います。
怪談シーンが盛り上がっているということを、読者の皆さんに知ってもらいたい。あとは単純に好きだから書いてしまうんでしょうね(笑)。一口に怪談師といってもキャラも語り方も十人十色で、さまざまな魅力があります。忙しくてライブにはなかなか足を運べないんですが、配信などで色んな方の語りを楽しんでいますね。この時代に僕が10代だったら、めちゃめちゃハマっていたと思いますよ。
●オカルトを認めたくない刑事
――主人公の刑事・只倉恵三が突如配属されたのは、警察庁の地下4階にある「第二種未解決事件整理係」。通称・呪われ係と呼ばれるこの部署で、彼は怪奇現象めいた事件の捜査にあたることになります。只倉が大のオカルト嫌い、という設定がいいですね。
「こんな話、怪談じゃなくしてやる!」というのが只倉の決め台詞です(笑)。オカルトを認めたくない一心で捜査に取り組み、毎回見事に解決してしまう。ライトな読み味を大切にしたかったので、ミステリとして複雑なことはあえてしていません。とはいえ怪談と組み合わせたことで、ちょっと不思議な味わいになっているので、ミステリ読みの方にも「変わったことをしているな」と感じてもらえると思います。
――呪われ係のメンバーがまた印象的ですね。眼帯をつけた牛斧係長をはじめ、いつもドクロを磨いている青年・鷲海など、怪しげな人ばかりです。
『太陽にほえろ!』のような感じで、個性的な刑事が集っているチームにしてみました。その割に只倉以外はほとんど成果をあげていませんけど(笑)。いつも部屋にこもっていて、捜査に行っている様子もないですし。もっと活躍させてもよかったかな、と少し思っています。
――全6話からなる連作形式。第1話「繰り返す男」から第4話「物の怪の出る廃校」までは、有名な古典怪談をベースにした事件が描かれますね。
第1話が「田中河内介の最期」で、第2話が『安政雑記』にある猫の怪談、第3話は『遠野物語』のマヨイガ、第4話では『稲生物怪録』を扱っています。メジャーなものとあまり知られていないものを織り交ぜてみました。『遠野物語』あたりは比較的有名なので、「知ってる」という方も多いかもしれません。物語の舞台も事件の内容も、バラエティに富むように気をつけました。
――それにしても、知る人ぞ知る「田中河内介の最期」が序盤から登場するとは。読んでいて驚きました。
怪談好きの間では有名ですが、一般にはあまり知られていないですよね。「田中河内介」の話は、幽霊が出てくる普通の怪談とはまた違った怖さがあって好きなんです。怪談会に現れた男が、同じ話を何度もくり返すうち、急死してしまったという話で、男の行動も意味が分からないし、同席していた人たちの反応も変なんですよ。目撃者が何人もいるので実話だろうとは思いますが、参加者によって証言に食い違いがあって、調べれば調べるほど面白い怪談ですよね。
――青柳碧人さんの選ぶ怪談師ベスト5(順不同)――
1人目・吉田悠軌さん
僕の怪談の概念を変えてくれた人です。吉田さんは大学時代にドキュメンタリー映画の勉強をされていて、その考え方が実話怪談にも生かされています。怪談とは人生の“一回性”を表現するものだというんです。語りのテクニックも素晴らしいですし、内容の気持ち悪さも申し分ない。まさに現代怪談を作っている方ですね。怪談なんて誰でも始められるから、みんなどんどん語ったらいいよ、というスタンスも素敵だと思います。
2人目・松嶋初音さん
松嶋初音さんはとにかく話が怖い。破格ですよね。これはあの話だぞ、と分かっていても怖いですから(笑)。松嶋さんはおばあさんが宮城県のイタコだそうで、ご本人も不思議な体験をかなりされている方なんです。自殺をくり返す女の子の話も印象的ですが、廃校のトイレの話が最高に怖い。「あああ~っ!」というところで毎回背筋がぞっとします。怪談以外のトークも面白いですが、怪談を語らせたら唯一無二の存在ですね。
3人目・好井まさおさん
好井さんを知ったのは『人志松本のゾッとする話』という番組です。好井さんはかなり幽霊が見える方だそうで、毎回すごい話を披露していました。去年からYouTubeチャンネルを始められましたが、そこでもゲストの体験に合わせて、聞いたことのない話を語っているので、すごいレパートリーの数ですよね。お笑い芸人さんだけにどこか「陽」の部分もあって、エンターテインメントとしての怪談を作っている方だなと思います。
4人目・上里洋志さん
上里さんは沖縄出身で、ユタと呼ばれる霊媒師の血を引いている方。怪談の中でも沖縄怪談は好きなジャンルなので、1人は沖縄出身の方を選びたいと思っていました。上里さんがOKOWAという大会で語った「おかあさん」という怪談の衝撃は忘れられません。その後、上里さんはユタのおばあさんに語ることを禁じられていた怪談でOKOWA王者になり、引退してしまったんです。もう一度、上里さんのリアルな沖縄怪談が聞きたいですね。
5人目・村上ロックさん
多くの人気怪談師を輩出した怪談ライブBar・スリラーナイトを代表する怪談師さんです。黒い詰め襟姿で一見怪しげなんですが(笑)、怪談に真摯に向き合っているのが言葉のはしばしから伝わってきますよね。ロックさんの怪談にはかなり不思議な話が多いんですが、あの独特の口調で語られると、「そんなこともあるかもしれないな」とつい思ってしまう。いかがわしさと説得力が共存するあたりに、ロックさんの語りの深い魅力があります。
(後編に続く)