青柳碧人『怪談刑事』刊行記念インタビュー・後編
ミステリ作家が怪談を書く理由/好きな「怪談本」ベスト5
青柳碧人さんの新作『怪談刑事』は、青柳さんが大好きな「怪談」と「ミステリ」を融合させた、怖くて楽しい連作集。オカルト嫌いのベテラン刑事・只倉の前に立ち塞がる奇怪な未解決事件、これは犯罪か、それとも怪異か!? インタビュー後編では、青柳さんが怪談を好きになったきっかけ、怪談の魅力についてもうかがいました。青柳さんおすすめ怪談本ベスト5も公開!
(取材・文=朝宮運河 撮影=泉山美代子)
(前編はこちらからお読みになれます)
怪談って悪いものじゃないと伝えたい
――オカルトを否定しようとする刑事・只倉と、日々真剣に怪異を探し求めている怪談師・関内炎月。対照的な二人の掛けあいがとても面白いですね。
ユーモアの部分というのは割と大事にしたところです。読者の中にも、怪談に苦手意識を持たれている方って結構いると思うんです。オカルトが嫌いな人もいるでしょうし、そもそも怖いものがまったく駄目というタイプもいる。でも怪談ってそんなに悪いものじゃないよ、好きな人はこんな気持ちで怪談を楽しんでいるんだよ、ということを伝えられたらと思いました。
――当初は炎月を否定していた只倉ですが、怪談取材やイベントに打ち込む姿を目の当たりにし、少しずつ怪談師という仕事を認めるようになります。その心境の変化も読みどころですね。
あるものの面白さを伝えるには、それを嫌いな人や知識のまったくない人の視点で描くのが効果的なんです。僕のデビュー作の『浜村渚の計算ノート』も、数学のことを知らない刑事が、浜村渚という天才少女が数学を解いているのを見て、少しずつ数学の面白さに気づいていくという話でしたし、あれと同じやり方ですよね。結局只倉は最後まで怪談好きにはならないんですが(笑)、彼の目を通して、怪談師が大切にしているものが読者に伝わればいいなと。
――怪談ライブを舞台にした第5話「対決・仏像怪談」は只倉の謎解きが冴え渡る、アクロバティックな一編です。
この回が一番大変だったかもしれません。構成のヒントになったのは北野誠さん司会の怪談イベント・茶屋町怪談なんですよ。松原タニシさんなどの人気怪談師が出演するイベントですが、前の人の語りを受けて「そういえばこんなことが」と、怪談がリンクしていくことがあるんですね。あれをミステリでやったら面白いんじゃないか、という発想でした。
――最終話「生霊を追って」で只倉と炎月はよりスケールの大きい怪奇事件に巻き込まれることになります。
連載スタートの時点では、結末をどうするか決めていませんでした。「対決・仏像怪談」のような話で終わらせるのもアリでしたが、そこから一歩踏み込んで怪異とのバトルを書くのも面白いかなと思ったんです。中島らもさんに『ガダラの豚』というすごく面白い長編がありますよね。3部構成でどんどんテイストが変わっていくんですが、第3部はオカルトアクションのような派手な展開になる。ああいう感じが頭にあったのかもしれません。
――私も怪談好きなので、この結末は嬉しかったです。
本格ミステリのファンは謎が完全に解かれることにカタルシスを感じますけど、僕はそういうタイプとは少し違うんです。謎は謎のままで終わらせたい、という思いが心のどこかにある。結局この作品で僕が書きたかったのは怪談なのかな、という気がしています。
衝撃を受けた怪談体験
――トリックやロジック、怪談にまつわる蘊蓄、日本酒ネタなど読みどころ満載の作品です。これから手にする読者に、メッセージをお願いできますか。
オカルト嫌いのベテラン刑事が、オカルト絡みの事件に巻き込まれていくというストーリーをまずは楽しんでください。そのうえで世の中には怪談師という仕事があるよ、現代怪談はこんなに盛り上がっているんだよ、ということを知ってもらえたら嬉しいです。ミステリが好きな人も怪談が好きな人も、そのどちらでもない人も楽しめるので、気になったらぜひ読んでみてください。
――そもそも青柳さんが怪談好きになったきっかけは何だったのでしょうか。
怪談との出会いは小学生の頃に流行った『学校の怪談』ですね。「トイレの花子さん」とか「テケテケ」とか、都市伝説のようなものはあれで知ったと思います。いわゆる実話怪談との出会いは、2003年から放送されたドラマ『怪談新耳袋』なんですよ。5分くらいのショートドラマなんですが、どれも実話っぽくて、「その場所は実は墓場でした」みたいな説明が一切ない。その投げっぱなしの感じが、これまでのホラーにないものを感じて、面白いなと思ったんです。そのうちドラマの原作があると知って、木原浩勝さんと中山市朗さんの「新耳袋」シリーズを読むようになりました。
――それから約20年、怪談シーンを追いかけ続けているわけですね。
そうなりますね(笑)。その後もう一度衝撃的な出会いがあって、それが吉田悠軌さんが『稲川淳二の怪談グランプリ2012』という番組で披露された「くるりんぱ」という怪談なんです。ただただ気味の悪い話で、しかもまったく意味が分からない。こういう怪談もあるのか、とショックを受けました。現代怪談を意識的に追うようになったのは、吉田さんとの出会いがすごく大きいですね。
謎は謎のままが心地いい
――青柳さんは昨年、自ら取材した怪談をまとめた『怪談青柳屋敷』を発表されました。多くの怪談をどうやって集めているんでしょうか。
友人や知人、仕事関係の人たちが多いですね。でもあらかた聞き尽くしてしまったので、今は夜の街に出かけていって、バーやスナックで知り合った人に「怖い話はありませんか」と声をかけています。去年だけで100話以上集まりましたよ。先日も取材で九州に行ったついでに、長崎のバーでめちゃくちゃ怖い話を聞くことができました。
――プロの怪談師とやっていることがほぼ同じですね。では、青柳さんにとって怪談の魅力とは。
ミステリは謎を綺麗に解決しないといけないんですが、怪談だと謎は謎のまま残しても許される。実話怪談なんて、分かりやすいオチがつかないものがほとんどですよね。そこに心地よさを感じるんです。
――青柳碧人さんの選ぶ怪談本ベスト5(順不同)――
1冊目・木原浩勝&中山市朗「新耳袋」シリーズ全10巻(角川文庫)
著者のお二人が取材した短い怪談が、1冊に99話収録されています。オチも謂われもなくて、本当に人から聞いた話をそのまま記録したという感じ。でも実話って本来そういうものですよね。「新耳袋」を読んでいると、中高生の頃、教室に残って友人と怖い話をしていた頃を思い出しますね。『怪談青柳屋敷』で目指したのもまさにあの感じ。怪談に詳しくなりたいとか、そういう理由は二の次。ただただ楽しいからやっているんです。
2冊目・東雅夫編『文藝怪談実話 文豪怪談傑作選・特別篇』(ちくま文庫)
「文豪怪談傑作選」というシリーズの特別編で、作家や画家など名のある人が残した怪談が収められています。怪談を書いている人が昔からたくさんいたことが分かって、素晴らしいですね。遠藤周作と三浦朱門が伊豆の旅館で幽霊を見たという有名な体験談も入っていますね。『怪談刑事』の第1話で取り上げた「田中河内介の最期」も複数のバージョンが収録されているので、読み比べて違いを確かめてみてください。
3冊目・深津さくら『怪談まみれ』(二見書房)
深津さくらさんはOKOWAが生んだスターのお一人ですが、僕はあえて「作家」として紹介したかったんです。文章も非常にうまい方なんです。この本は『怪談びたり』に続く深津さんの2冊目。なぜあえて2冊目を選んだかといえば、パステルカラーの装丁ですね。いかにもなおどろおどろしさがなくて、新しい怪談を作ろうという思いを感じます。しかもこの可愛らしいイラストは美大出身の深津さんご自身が描かれている。多才です。
4冊目・渡辺浩弐『中野ブロードウェイ怪談』(星海社)
ここ数年、特定の場所にスポットを当てたご当地怪談が流行っているんですが、これはその究極の一冊。中野ブロードウェイの怪談を集めた本です。富裕層向けの商業施設が時代とともにオタクの聖地になった歴史を持つ中野ブロードウェイは、怪談が蔓延するのにぴったりの空間。紹介されている怪談は正直いかがわしいものが大半なんですが(笑)、つい人に話したくなる。渡辺浩弐さんの独自の解釈もあわせて楽しい本です。
5冊目・田中俊行『呪物蒐集録』(竹書房)
現代随一のオカルトコレクター・田中俊行さんが集めた数々の呪物の写真と、それにまつわるエピソードが掲載されている本。アフリカの人形など、いったいどこで探してきたの? と言いたくなるような珍しい品物がいっぱいで、各地の呪術文化に興味が湧いてきます。『怪談青柳屋敷』にも書きましたが、田中さんが持っているチャーミーという呪物人形がよだれを垂らすところを、僕の妻は目撃しているんですよ。
(2024年3月 都内にて)
あおやぎ・あいと
1980年、千葉県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。早稲田大学クイズ研究会OB。『浜村渚の計算ノート』で第3回「講談社Birth」小説部門を受賞し、小説家デビュー。〈浜村渚〉シリーズは10作を超える人気シリーズとなる。著書に『彩菊あやかし算法帖』『むかしむかしあるところに、死体がありました。』『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』『怪談青柳屋敷』ほか多数。